書 名 | 地の糧 |
作 者 | ジイド(アンドレ)/今日出海訳 |
出版社 | 新潮社 |
シリーズ | 赤045-E |
【抄・序】 |
p4 我が友 モオリス・キロに この地上にて 吾等が糧とせる 果実なり。 コオラン二巻二十三章 p5 この本の乱暴な表題を、ナタナエル、思ひ違ひしないでくれ給え、私には、気に入つてゐる題なんだから。だがメナルクと題してもよかつたのだ。然し君自身と同様、メナルクも嘗てこの世に存在したことはなかつた。この本が戴き得る唯一の人間の名としては私の名前なのだ。若しさうしたら、どうして烏滸がましくも私の名などを署名出来よう。 私は虚飾も羞恥もなくこの本を書いた。時としては見たこともない苦に、嗅いだこともない香、行つたこともない行為について−−或ひは未だ会ったこともない君、ナタナエルについて私は語つてゐる。然しこれは偽りごとからではない。ましてこれ等の事柄も、私の本を読んでくれるナタナエルよ、将来君のものとなるだらうとも知らないでゐる君に私が輿へるこの名ほどに偽りはないのだ。 それから、君はすっかり読んでしまつたら、この本を捨ててくれ給へ−−そして外へ出給へ。私はこの本が君に出かけたいといふ望みを起さしてくれるやうに願つてゐる。何処からでもかまはない、君の街から、君の家庭から、君の書斎から、君の思想から出て行くことだ。私の本を携へて行つてはいけない。若しも私がメナルクだつたら、君の案内に君の右手を取つたらう、しかも君の左手はそれに気がつかなかつたらう。町から遠く来たところで、出来るだけ急いで、この握られた方の手を振り放して私は言ふだらう。「私を忘れてくれ」と。私の本がこの本自身よりも君の−−更に君よりも他のすべての人の興味を惹くやうに教えてくれるやうに祈る。 (了) |
【目次】 |
p4…序 p7…第一書 p29…第二書 p39…第三書 p59…第四書 p95…第五書 p116…第六書ランセウス p137…第七書 p159…第八書 p175…1927年の序 p178…あとがき(今日出海) |
【本文】 |
p9 ……我々の進路の不安定が生涯我々を苦しめた。何んと君に言つたらよかろうか。すべて選択といふものは考えてみると恐ろしいものだ。義務が先きに立つて案内してくれないやうな自由とは恐ろしいものだ。それはどの方向を向かうと見知らぬ土地で選定しなければならぬ一筋の道なのだ。そこで初めて人は自分を発見するのだ。よくこの事を注意し給へ、この発見たるや自分だけのためだといふことを。…… p30 糧よ! 私はお前を待ち望んでゐる、糧よ! 私の飢ゑは半端なところで佇んではゐない、 満たされなければ、黙らない。 徳器は飢餓では成就しない、 欠乏で養はれるのは魂だけだ。 充足よ、私はお前を求めてゐる。 お前は夏の曙のやうに美しい。 |
【後記・他・関連書】 |
【類本】 |